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yamachanのメモ

日々の雑感や文献のメモ等

お買いもの『現代思想 ポスト現代思想』外

今日は、(おそらく)今年最後のお買いもの。最後ということで、長時間本屋に滞在して、いろいろとパラパラした結果、何冊か購入。

まずは『現代思想2016年1月号 特集 ポスト現代思想』。

現代思想 2016年1月号 特集=ポスト現代思想 (青土社)

現代思想 2016年1月号 特集=ポスト現代思想 (青土社)

ここ数年の『現代思想』の1月号は、興味深い特集が組まれており、今月号も非常に楽しみ。

そして、2冊目が、エドゥアルド・ヴィヴェイロス・デ・カストロ『食人の形而上学ーポスト構造主義的人類学への道』。

食人の形而上学: ポスト構造主義的人類学への道

食人の形而上学: ポスト構造主義的人類学への道

現代思想2016年1月号 特集 ポスト現代思想』の、檜垣立哉・北野圭介「ポスト現代思想としての日本哲学」でも取り上げられていたし、脱構築研究会とドゥルーズ科研との共同開催でのワークショップ「ドゥルーズデリダ」で、近藤和敬氏も言及していた一冊。ただ、本書を購入しようと思ったのは、次の文章に興味を持ったからだ。

…「人間(に固有なもの)とは何か?」という問いを回避しながら、「人間」は本質をもたないとか、その存在が本質に先立つとか、人間存在は自由であり不確定であるなどというのでは、まったく話にならない。「人間とは何か?」という問いは、明白な歴史的理由により、隠蔽なしには答えることのできない問い、つまり他のいい方をすれば、人間の固有性とは、固有性をまったくもたないことなのだと反復しつづけることなしには答えることのできない問いとなった。このことが、おそらく人間に、他者のあらゆる固有性についての無限の権利を与えるのである。「われわれ」の知的伝統においうて千年来いわれてきたこと、それこそが、こうした人間の固有性のなさによる人間中心主義を正当化する。(21-2) 

つい最近、「人間とは何か」という言葉に触れたばかりだから、やはり本書の内容は気になる。人類学の本を読むのは久しぶりだし、楽しみな一冊。

次は、ペーター・トラヴニー/中田光雄/齋藤元紀『ハイデガー哲学は反ユダヤ主義かー「黒ノート」をめぐる討議』。

ハイデガー哲学は反ユダヤ主義か―「黒ノート」をめぐる討議

ハイデガー哲学は反ユダヤ主義か―「黒ノート」をめぐる討議

哲学と政治の関係には以前から興味があるし、最近ハイデガーをよく読んでいるので購入。デリダへの言及もある。

そして、「哲学と政治」に関連して、松元雅和『応用政治哲学ー方法論の探求』。

応用政治哲学―方法論の探究

応用政治哲学―方法論の探究

学生時代は、政治学の理論や方法論に関心があったから、本書も読むのが楽しみ。なお、本書に関しては、岡﨑晴輝氏のブログが参考になる。

なお、松元雅和氏は、『平和主義とは何かー政治哲学で考える戦争と平和』で、2014年(第35回)石橋湛山賞を受賞している。

本書の読書案内も参考になる。『応用政治哲学』とあわせて読みたい一冊。

本当なら、これらの本は年末年始に読みたいところだけど、実家に帰省するため、読むのは年明けになるやろうな…。年末年始は、あんまり荷物にならない文庫本をお供に帰省する。そして、今は一緒に帰ってくれる本を探索中。