yamachanのメモ

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今井照『地方自治講義』

 地方自治の基礎概念や歴史・現状について、本書ほどわかりやすく、丁寧に論じた新書はめったにないだろう。本書を読むことで、地域社会や自治体を考える基本的枠組みを獲得することができる。

 「自治体を私たちが使えるものにしたい」(278)ー帯にも書いているように、これが本書の主張だ。

 市町村合併の歴史(第2講)、地方財政の仕組み(第3講)、日本国憲法の条文(第5講)、地方創生の現状(第6講)の記述から伝わってくるのは、「現在の自治体はすでに歴史に翻弄されて自治体本来の意義を見失いかねている」ことへの危惧と、「「分権」の名のもとに自治体統制を強めることで私たちを自治体から切り離そうと努めてきた」為政者に対する批判的な姿勢である(278)。詳しくは本書を手にして、まずは一読してほしい。ここでは、現場の立場の人間として感じたことをメモしておく。

 まず、「市民」と「市民参加」に対する著者の思いと私の思いとの違いである。著者は市民について次のように説明する。

今の私たちの生活は政策・制度のネットワークの中にあり、私たちは日常的に政策・制度に直面するので政策・制度の当事者になっている。身の回りが選択肢だらけになっている。(42)

課題がもう一つ増えるごとに政策・制度の組み合わせは無数に増えていく。こうなると自分の選択肢と完全に合致する政党などは存在しない。だから自分が当事者になって、我が身に降りかかる政策課題を考えなくてはならなくなる。これが市民という存在が誕生する背景です。(43)

考え方も感じ方も、あるいは置かれた環境や年齢、性別、職業も異なる人たちの間で意見を調整しなければならない。…市民になるということはこのように政策・制度をめぐる意見調整に参加せざるを得なくなることです。だから公的な存在になる。(43)

確かに、日常の生活で実感することはないかもしれないが、私たちは生きているだけで政策・制度のネットワークの中に投げ込まれており、その意味では「当事者」かもしれない。しかし、選択肢が増加したり、制度が複雑になったりすることで、「思考する」「意見を調整する」存在ではなく、「思考や意見調整を放棄する」存在になる可能性が高いのではないか。そして、これから地方自治について考える上で重要なことは、後者のような存在を前提とした地域社会の在り方を考えていくことだと思う。

 次に、平成の大合併は、自治体側にも国の側にも必要性や必然性がないものとして批判的な側面ばかりが取り上げられているが、市町村への事務権限の移譲を進めるという目的が背景にあり、この政治過程も描くべきである*1。例えば、西尾勝は次のように語っている。

第一次勧告を出す直前にを与党第一党である自民党行政改革本部に、委員長以下で「第一次勧告ではこういう内容を予定しています」ということを説明に行ったところ、参加された議員から異口同音に次のような意見を言われたわけです。…「市町村の権能を強化しようとしても、小規模町村では限界がある。全ての市町村に事務権限を移譲するという観点から、市町村合併を強力に推進すべきである」「委員会は、受け皿論を棚上げする方針のようだが、市町村合併の問題は分権改革と同時並行して進めるべきだ。…」とおっしゃいました。…その後、諸井委員長は自民党以外の連立与党や野党にも訪問され、議員の意見を伺ってこられました。諸井委員長は「与野党を超えて合併推進論が国会議員の多数だと認めざるを得ない。市町村合併を検討しなければ、以後の地方分権推進委員会の勧告その他に協力してもらえないかもしれない」と我々におっしゃいまして、いったんは受け皿論は棚上げするという了解で進めてきたものの、やはり市町村合併をやらざるを得ないということになりました。(地方自治制度研究会編集『地方分権 20年のあゆみ』166-7)

地制調で合併の問題を改めて検討することになったときに私が感じたことは、どうも全国の動きが財政の効率化とか、財政コストの削減とかが第一の目的になっているのはないかということでした。本来は、基礎自治体である市町村への事務権限の移譲を進める、そのための受け皿になるような市町村になれということが目標に掲げられていたはずなのに、その関係のことは全く議論が出ていない。(189) 

  ここで、私が西尾勝の議論を取り上げたのは、事務権限の移譲そのものは理念としては間違っておらず、その受け皿のための市町村合併なら同意しうるからである。なぜなら、自治体を私たちが使えるものにするためにも、西尾勝の用語を借りれば(『自治・分権再考』68)、「自由度拡充路線」だけではなく、「所掌事務拡張路線」も進めていき、自治体を強化していく必要があるからである*2

 ここでは著者との見解が異なる点を述べたが、公証事務を例とした「理屈と現実との乖離」に対する批判や、「「計画のインフレ」状態」に対する批判等、賛同できる箇所も多い。また、「市民」や「市民参加」についても、著者の理念に魅力を感じるところもある。

 まずは本書を読み、「地方自治」に少しでも関心を持ち、「自治体を使いこなす」という気持ちを持つ人が増えてほしい。それによって、自治体や地域社会は良い方向へ少しずつ変化していくかもしれない。

地方自治講義 (ちくま新書 1238)

地方自治講義 (ちくま新書 1238)

 

 

*1:地方自治制度研究会編集『地方分権 20年のあゆみ』第2部を参照。

*2:西尾勝も指摘しているように、「自治体にこれまで以上に多くの事務事業の執行権限を移譲することによって自治体の仕事の範囲を広げその仕事量を増やすことは、地方分権の推進ではあっても、地方自治の拡充になるとはかぎらない」(西尾勝地方分権改革』247)ことには注意しておく必要がある。