yamachanのメモ

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橋爪大三郎『国家緊急権』

 本書の出版は2014年。「公共の利益は人権を上回るのか」(33)として次のような例が挙げられている。

たとえば、どこか外国で、悪質な伝染病が流行しているというケースを考えてみましょう。

この国の人民には、居住地選択の自由や移動の自由がありますから、自由に海外に渡航したり帰国したりすることは、憲法の保障する人権の一部です。政府がいちいち口をさしはさむ筋合いはない。しかし、そのため、病原菌やウィルスが進入して、国内でも悪質な伝染病が流行して多くの人びとが死んだり病気になったりすることは、政府としては避けたい。そこで政府はどう考えるか。人びとの生命・身体の安全というもっとも基本的な権利を守るために、人びとの移動の自由を制限したほうがいいのではないか。そこで、伝染病がはこびっている地域への人びとの渡航を制限したり、その地域にいる日本人や外国人の帰国・入国を制限したりすることは、ありえます(33)。

橋爪氏が例え話で説明した内容は、我々が今直面している問題であり、現在のそして未来の政治・社会のあり方を考える上で参考となる一冊である。橋爪氏はまず、国家緊急権を「憲法や法秩序に違反してでも、憲法や法秩序を守ろうとするアクションをとること」(10)と定義している。そして、国家権力と憲法制定権力との違いを説明した上で、憲法制定権力は憲法に拘束されず、主権者である国民が持っているものとした上で、「国家緊急権は、国民が持っているこの憲法制定権力(主権の表れ)が、実際に発動されるかたち」(15)であり、革命権とは異なり、「人民ではなく、政府のアクションです」(18)と説明していく。それゆえに、「国家緊急権の行使が憲法秩序の枠外で行われた場合、事後的にそれを日本の人民に説明し、承認を求める責任が行政府の当事者にはある」(65)として、事後チェックの重要性を指摘している。

 本書における国家緊急権の議論の中で特に重要だと思ったのは、この事後的なチェック、検証である。「国民は…緊急事態が過ぎ去った後で、彼(=政府の長)の行為が必要だったのか、適切だったのか、公正だったのか、を検証する」「権利と義務」があり(129)、その検証の結果、国民に重大な被害が及んだと判明した場合は、その責任を追及され、「刑事罰を受けることになる」(130)ということである。そして、このような検証を行うために必要なことが資料の記録・保存である。「国家緊急権がどのように行使されたかの記録は、政府にしかないであろうから、必要な資料を保存し提出する義務は、政府にある。資料が提出されなかったり滅失したりすれば、国家緊急権を行使したことの責任に加え、必要な資料が欠けていることの責任も重く問われる」(131)。

 また、橋爪氏が強調していることは政治家の政治責任である。「国家緊急権を行使した政府の長(政治家)は、のちに必ずその政治責任をとって、政治から身を退くこと。加えて、国家緊急権を行使する過程で、国民の人身に被害が及んだ場合は、刑事罰にも服すること、を原則とするのがよい」(132)とまで語る。

 一方、国家緊急権に関して、国民の理解も重要となる。なぜならば、国民がそれ(=国家緊急権)を理解し協力しなければ、政府は緊急事態に適切に対応することができない」(140)からだ。この背景には、「国家緊急権の源泉は、主権者の意思と「必要」」(145)という考え方がある。つまり、「緊急時に際して、主権者である人民が自分たちを守るように、政府(行政府の長)に委託し」、「通常の憲法では自分たちを守れないから、緊急の方法で守ろう」(144-5)ということである。

 以上のように、橋爪氏は国家緊急権を扱うにあたり、政治家にも国民にも多くのことを課している。それは、憲法や民主主義の理念・仕組みを原理・原則から考える橋爪氏にとっては必然的なことである。そして、「日本の人びとは過去半世紀あまり、民主主義と憲法秩序に慣れ親しみ、充分に国家緊急権を理解できる下地ができていると思うのです」(172)と橋爪氏は語る。しかし、本書の出版以降の政治・社会状況を見ると、ここまで楽観的にはなれない。このような状況だからこそ、国家緊急権というテーマを出発点して、民主主義や憲法秩序の基礎を理解するために、より多くの人に読んで欲しい一冊である。

 

国家緊急権 (NHKブックス)

国家緊急権 (NHKブックス)

  • 作者:橋爪 大三郎
  • 発売日: 2014/04/19
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)