yamachanのメモ

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定野司『公務員の調整術』

 仕事をする上で、「なぜこのような調整が必要なのか?」と批判の対象ともなる「調整」について論じた一冊。調整術を理論的に説明した1章から3章、①組織(庁内)における調整、②議会との調整、③地域との調整、④国や他自治体などの関係機関との調整という4つの場面をそれぞれ論じた4章から7章という構成になっている。
 著者によると、調整とは「他者との関係を適切に(円滑に)構築・維持する能力」(11)であるヒューマンスキルの中で重要なスキルで、「カッツモデル」で示されているように、ロワー(係長・主任)、ミドル(部長・課長)、トップ(経営幹部)のどの階層にいる人でも必要な能力である。また、「利害や対立が発生して初めて開始される攻撃的な交渉とは異なり、調整は予防的・防衛的」(14)なものであり、交渉では「説得」が必要とされるが、調整においては「共感」が必要になる。そして、調整は「これ以上譲歩できない」というボーダーラインを下回らないよう、「利益と譲歩を交換すること」であり、そこで得られた合意は「妥協の産物」ではなく「納得の産物」(21)となるのだ。
 このような利害調整を進めるために必要となるのが「誰がみても納得できる基準」=「客観的基準」(34)であり、公務員においては「公益」というものさしが重要とされる。そして、公益を基準とするためには「公務員でない一般住民だったら、どう考えるのかな?」(35)という想像力が必要になる。この文脈において、著者の次の指摘は重要である。

しかし、私たちが「公務員の基準」にしている法令も、ときとして「公益」を損なうことがあります。
そんなとき、私は「私たちの仕事は法令を守ることではない。法令を使って国民(住民)を守ることだ」という信念を思い出すことにしています。間違った法令を正しく直すのは公務員の仕事だからです。(35)

「法令を使って国民(住民)を守ること」、これは当たり前のようであるが、著者も「思い出す」と述べているように、仕事をしていく中で忘れていく、さらには「法令を使って役所(自分)を守る」という考えに変化することがあるのだ。そのため、著者のこのような指摘は、公務員のあり方を問い直すきっかけを与えてくれる。
 第4章からは4つの場面においての実践的側面が論じられているが、本書の優れているところは、それぞれの場の前提となる制度や仕組みを説明している点だ。例えば、議会との調整においては議会に与えられている法的権限が、地域との調整では町会・自治会の歴史が説明されている。その他にもまちづくり協議会や、自治事務法定受託事務等についても説明されており、それらの制度や仕組みを踏まえた上で、著者の経験談も交えつつ、具体的な調整術が描かれている。
 公務員の調整術についての理論的かつ実践的な一冊であり、本書の記述から垣間見える公務員としての信念に勇気付けられる方もいるだろう。本書を読み終えた後は、堤直規『公務員ホンネの仕事術』を読むのもよい。『公務員ホンネの仕事術』は庁内編、渉外編、自己啓発編からなり、『公務員の調整術』の視点とも重なるところがある。人と人との円滑で良好な関係性を構築するために、この二冊は役立つであろう。

合意を生み出す! 公務員の調整術

合意を生み出す! 公務員の調整術

  • 作者:定野 司
  • 発売日: 2020/11/13
  • メディア: 単行本