yamachanのメモ

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マルクス・ガブリエル『つながり過ぎた世界の先に』

 「哲学界のロックスター」とも呼ばれているマルクス・ガブリエルが、「人とウイルスのつながり」「国と国とのつながり」「個人間のつながり」という3つの「つながり」を軸に現代を捉え、これからの世界のビジョンを示している。コラムでは、「哲学者と現代のつながり」として、ホッブズ、カントとヘーゲルハイデガーが取り上げられており、多様なテーマが扱われている一冊となっている。
 「人とウイルスのつながり」について、ガブリエルは、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐために社会が結束し、意識的に行動を統一したと評価する。つまり、ガブリエル自身がそうであるように、新型コロナウイルスは人びとの行動変容を促したのである。このことをガブリエルは「生活世界のコロナ化」(27)と呼んでいる。そして、人類がウイルスから得た教訓は「倫理的行動こそが問題の解決策である」(35)ということであり、資本主義のインフラを使用して倫理的に正しいこと行う「善の収益化」を提唱している(36)。
 また、普遍的な倫理的な価値に基づいて行動しないため、多くの分断が生まれていることが指摘される。この考えの背景には「新しい実在論」があり、「すべての人類は地球という同じ惑星に属しているという、包括的な現実があり、我々は文字通り運命共同体である」(48)と、ガブリエルは説いている。そして、人類がすべきこととして「交渉」(49)を取り上げ、「普遍的な倫理観に根付いた協力」、「グローバルな「友愛のポリティクス」(53)を提唱している。
 「国と国とのつながり」で興味深いのは、人種差別問題の本質はステレオタイプ思考であると語る文脈の中で、「女性蔑視もそうです。ですから私はいかなるアイデンティティ・ポリティクスにも反対なのです。非倫理的だからです」(112-3)と、アイデンティティ・ポリティクスを批判している点である。この観点から、アメリカの民主党は、共産党と同じように倫理的に堕落しているとも指摘している。
 また、ガブリエルはメルケルに対して「倫理的に正しいことをする代表的な人物」(134)として次のように評価している。

メルケルは数多くの決定的な瞬間において、倫理的に正しい決断を行ったと思っています。だからこそ尊敬されているのです。難民危機、ユーロ危機、そしてコロナ危機において、メルケルは倫理的・戦略的洞察に基づいて行動しました。彼女は経済戦略と地政学的知識、そして倫理的洞察を組み合わせてあらゆる事態に対処するのです。…彼女の基本的動機は倫理的に正しい選択をすることなのです。メルケルは数百年後の世界を念頭に置いて、遺産となるような持続可能なプロジェクトに取り組んでいるのです。(135)

重要なことは、「彼女がしたことがすべて正しかったからではなく、未来を見据えて倫理的な決断を下したから」(135)という「倫理性」である。
 「他者とのつながり」で、ソーシャルメディアについて、「自由民主主義を弱体化させる危険なドラッグ」(145)、「自分が元々持っていなかったアイデンティティを押し付けて」「人は誤った自己概念に基づいて行動するようになります」(147)等と批判している。そして、日本は「常にサイバー独裁の最先端」であり、「すべての人が完全に携帯電話に支配され、行動を統制されている」(152)とも指摘している。さらに、日本人のコミュニケーションの特異な点として、意見が対立したときのマネジメントの仕方を取り上げ、対立を避けるのではなく、「対立の合理的な解消のプロセスや本物のディベートを導入する」(152)ことを提案している。
 以上のような「つながり」に対する考察から、ガブリエルは「新しい啓蒙」を唱える。

「新しい啓蒙」とは、科学、人文学、政治、ビジネスが、最も崇高な目標のために協力し合うという考え方です。最も崇高な目標とは、地球上の人類や動物の健全性と持続可能性あって、ビジネスを含む我々の行動のすべてが、これを目指さなければならないという考えです。(176)

そして、「「新しい啓蒙」の根底にあるのは、全世界共通の普遍的な倫理性」(177)であり、倫理資本主義へのアップデートの重要性と実現可能性を論じている。例えば、企業に経理課があるように哲学課を置き、哲学者を雇うようにすることを提案している。「それは哲学者がビジネスマンだからではなく、哲学がビジネスにとって良いものだから」(181)と。果たして、ガブリエルが実践しようとしていることは、この社会にとって正しいことなのだろうか。ガブリエルなら、「未来を見据えた倫理的に正しいこと」と結論付けるだろう。