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大井赤亥『現代日本政治史-「改革の政治」とオルタナティヴ』

 「黄昏を待ちきれなかったミネルヴァの梟*1として現実政治に飛び込んだ著者が、「改革の政治」を軸に日本政治を振り返り、現状を打破するためのオルタナティヴを提示している。本書のキーワードである「改革の政治」とは、「強いリーダーシップによって行政機構の縮減再編制を断行する政治」(15)のことである。55年体制下で利益誘導を担い、調整型政治を主流としてきた「守旧保守」が、「決められない政治」として行き詰まりを見せる一方、強いリーダーシップが求められるなかで登場してきた「改革保守」によりもたらされたものが「改革の政治」である。
 55年体制下の「保革対立」のもとでは、「保守」と「革新」という対立軸が存在していたが、冷戦終焉により「革新」が衰退し、「保守の全面化」という状況に陥った。しかし、この「保守の全面化」は保守政治の内部分岐を促し、「改革」を「現状打開のシンボル」(39)として「守旧保守」を批判するかたちで、「改革保守」が台頭してきた。
 このような状況で現れたのが、「伸長する改革保守」と衰退する「革新」という二つのプロセス」(63)で合流した細川政権である。細川政権においては、「改革保守」の原点として、規制緩和への取り組みが重要となる。しかし、細川政権は短命に終わり、「守旧派」が集った村山政権によって「改革の揺り戻し」(74)が生じた。
 その後、橋本政権によって、「改革の政治」の第二のピークを迎える。ここにおいて、「改革の政治」の敵役として官僚や公務員に設定され、行政改革が推進されることになった。この行政改革は「新自由主義的な「改革保守」の「反官僚主義」と市民派やリベラル派の「反国家主義」とが重なりあう合流点」(85)であり、内閣機能の強化や中央省庁の再編がもたらされた。しかし、赤字国債の抑制、歳出削減、消費税の増税といった財政構造改革の失敗により自民党は大敗し、橋本が引責辞任することで、「改革の政治」の第二派は終幕を迎えた。
 小渕・森政権によって再び「改革の揺り戻し」があったが、小泉政権によって「改革の政治」は最大の山場となる。小泉政権構造改革は、「経済の構造改革」であると同時に、意思決定の一元化を目指した「統治の構造改革」」(115)でもあり、首相の権限強化をもたらすこととなった。そして、郵政選挙を通じて、「自民党が権力の座にいながら「守旧保守」から「改革保守」へとその内実を変容させる自己脱却」(129-30)することを可能とした。また、小泉政権による「改革の政治」は、ポピュリズムと右派イデオロギーと結びつく契機ともなった。
 小泉政権を継いだ安倍・福田・麻生政権は短命に終わり、この時期は「「改革逆走」の時代」(141)よも呼ばれている。そして、2009年には、「政治主導」を掲げた民主党による政権交代が起こった。民主党政権は「改革の政治」の延長に位置しつつも、「擬似社民化した利益配分政治」(164)という側面も持っていた。「擬似社民化した利益配分政治」とは、「かつて自民党で利益配分政治の中心を担った小沢と、旧社会党グループの左派的な政策課題とが、民主党という舞台で融合して生じた」(165-6)ものである。著者は、このような性格を有する民主党政権について、「「改革の政治」に対する一時的抵抗と位置づけることは可能である」(178)と評し、「改革の政治」に対するオルタナティヴの可能性を見出している。
 2009年に政権交代が起こると、「改革の政治」は関西へ移り、橋下徹が推進する改革によって第四派を迎える。橋下改革は、強いリーダーシップによって行政機構の縮小再編を行うという「改革保守」の特徴を、「戯画的なまでに」(188)踏襲し、その政治主導は「ケンカ民主主義」(188)であり、「ときに時限的な独裁の肯定にまで行きつくもの」(189)であった。また、橋下政治は、小泉同様、「改革保守」と右派イデオロギーとの結びつきを示すものであり、社会現象にもなった。社会現象としての橋下政治、そして維新の特徴については、以下の指摘が重要である。

若年層にとって維新が、「革新」と映るのは、維新が左右双方の「既得権」にメスを入れ、財界と労働組合の双方の「しがらみ」から自由であり、復古的国家主義と「戦後民主主義」の双方に挑みかかり、その結果、左右の権威からはじき出された民衆を「代表」しているからであろう。維新が「革新」的なのは、維新が右も左も批判し、そして右からも左からも批判される、新しい現状打開の選択肢と映るからである。(201)

 2012年に誕生した第二次安倍政権は、市場に対する国家介入を強め、自身は改革を唱えるものの「改革政権」ではなく、「ほどほど政権」とも評されている。このような折衷的性格の典型がアベノミクスであり、「1990年代以降の日本の保守政治を股裂きにしてきた「守旧保守」と「改革保守」との葛藤を一時的に不可視化させる「時間かせぎ」」(222)として位置づけられている。
 以上のように、「改革の政治」という視座から日本政治を振り返った後、著者がオルタナティヴの方向性として、「市民社会の活性化」「国家の復権」「公正なグローバリズム」である(237-8)。そして、次のように本書を締めくくる。

日本政治とそれを担うわれわれ有権者もまた、これまでの常識や惰性を排し、ときに自らを脅かすような自己変革も厭わず、未知の領域に足を踏み入れるvision questに踏み出す勇気こそが求められている。(248)

「改革」という認識枠組みにより、日本政治の過去-現在-未来を描き出す本書は、私たち主権者にとって必読の一冊と言えよう。

 

*1:大井赤亥『武器としての政治思想-リベラル・左派ポピュリズム・公正なグローバリズム』17