yamachanのメモ

日々の雑感や文献のメモ等

安住秀子『財政課も思わず納得!公務員の予算要求術』

 予算要求の作業は秋以降となるが、概算要望(政策調整・ローリング等)の作業は4月から準備を進める必要がある。また、予算要求の時期になると、その業務に追われることになるから、事前に予算要求のノウハウを理解しておいた方がよいだろう。最近出版された本書は、その準備のために必読の一冊なるだろう。

 予算編成のスケジュール感を把握したい場合は、「予算編成のスケジュール」(32-3)と「予算案決定から成立まで」(44-5)を、まずは読んでおいた方がよい。予算要求の業務においては、このスケジュールを理解しておく必要がある。日々の業務に追われる中で、「この時期までにここまでの作業をしなくてはいけないんですか?それは厳しいです」は通用しない。

 予算要求の作業を進めていく上では、以下の「財政課はここを見る!査定基準ベスト10」が役立つ。

1 積算は正確か

2 国の動きと連動しているか

3 法的な裏付けはあるか

4 事業効果が示されているか

5 他の事業で代わりがきかないか

6 ミッションは明確化

7 方針決定されているか

8 将来コストは明確化

9 部署全体で最適な予算が組まれているか

10 課題として指摘されたことが解決できているか

この項目のなかで特に興味深いのが、「3 法的な裏付けはあるか」である。ここでは「自治体が行うべき事業は何か」が問われており、そのための参考として名古屋市の「公的関与のあり方に関する点検指針」が紹介されている。

www.city.nagoya.jp

 そして、本書の最大の特色は、「財源」に対する記述が詳しい点にある。例えば、「事業の性質ごとの財源割合(イメージ)」(46)が示されており、福祉関係の事業と公共施設整備の事業では財源が異なっていることから、一般財源の取り合いをしているわけではない、と説明されている。また、著者は「部署間でのパイの奪い合いから譲り合いへ」(66)として、「自分の事業に関連している他部署の事業のことも考えながら、うまく財源を融通し合う、そんな組織風土へとしていきたいものです」(67)とも指摘している。さらに、地方交付税措置の構造(94-5)や「財源を見つけ出す」(104)事例も紹介されており、予算を要求する側にとっても、財源を理解することが重要であることがよくわかる。

 「効果的・効率的に予算編成業務に取り組んでいく」ためには、「財政課のノウハウを予算要求に関わる人たちと共有して、業務改善を図ることが近道で、「オープン化」がキーワードの今の時代に求められている」(5)という著者の意見はその通りであろう。予算を要求する職員に、そして予算を査定する職員にも、本書をぜひ手に取ってほしい。

 

 

堤直規『公務員の「異動」の教科書』

 「異動するのが不安…」。毎年のことながら、この時期には多くの自治体職員が抱える悩み。この悩みを解消し、「うまく異動できる」(3)ためにおススメするのが、堤直規『公務員の「異動」の教科書』である。

 堤氏は、「様々な部署への異動を重ねる中で、いかに経験と実績を積み上げて前へ進んでいけるかが、公務員としてのキャリアアップの本質」(4)であると指摘している。また、「幅広い異動には、組織にとって、①本人の適性を見て適材適所の配置をめざす、②異なる経験を積ませて能力開発を促すという意味」(16)があるとも述べている。このように、個人にとっても、組織にとっても、異動には重要な役割がある。

 異動の重要性と不可避性は認識しつつも、日々の業務に追われているなかで、異動の処理とはなかなか向き合いないもの。そこで、うまく異動するためには、本書で書かれている以下のような「姿勢」と「技術」が必要となる。

・2日間で自分が処理を終えることができない仕事は、すべて引継事項に入れる(32)

・市民・市議会や所管の審議会等からの指摘事項にたいして、検討・対応の約束をしているものは、事務引継書に明記する(36)

・引き継ぐべき文書等は、本当に必要なものだけに絞る(40)

・全員の名前を覚える(45)

・作業等を手伝う、何もなければ自習する(48)

・所管は組織規則を、災害時の役割は地域防災計画を、職員配置は組織表を、予算は歳入歳出予算事項別明細書を、決算は歳入歳出決算書で確認する(55)

・業務分担の説明は、自分の担当だけではなく、他の職員の担当と、それぞれの担当業務の関連性を理解する(56)

・業務の知識を固めるために、自腹を切って最低でも3冊は読み込む(67)

・今後の異動に備える意味でも、日頃から、ミスやトラブルの概要・原因・対応について、A4用紙1枚を程度にまとめ、ファイルに綴じておく(77)

・「鳥の目(全体を捉える視点)」「虫の目(近い所から細かい所を観察する視点)」「魚の目(流れや動きをつかむ視点)」を意識する(85)

・4現主義(①現場主義、②現品主義、③現実主義、④原則主義)で考える(92)

その他、「異動するまでに目を通しておきたい主な例規」(79)、「押さえておきたい基本情報」(88)、「3部署目までに目を通しておきたい主な計画」(103)等も具体的に示されており、大変参考になる。また、法務や政策法務、文書作成や予算要求の実務に関する参考書も紹介されており、これらも役立つであろう。

 そして、堤氏は「よい職場風土をつくる」(174)重要性を指摘し、次のように述べている。

よい職場とは、①まず職場が明るいこと。②次にメンバーがお互いを認め合うこと。③そして、問題を率直に話し合い、努力・貢献を認め合うことという特徴を持っています。そのために、必要なことはごく基本的なことばかりです。あなた自身が明るく振舞い、職場のメンバーに声をかけ、努力・貢献をほめていきましょう。(175)

そう、よい職場づくりのために必要なことは「基本的なこと」であり、本書で書かれている「姿勢」と「技術」を実践すれば、異動を恐れることはない。「良くも悪くも、異動は「新たな職場で頑張れ」「新たな役割を果たせ」という組織からのメッセージ」(185)でもあるのだ。

 

明戸隆浩「差別否定という言説-差別の正当化が社会にもたらすもの」(清原悠編『レイシズムを考える』)

 論文のタイトルにもあるように、明戸氏は「差別否定」いう概念を提起し、そのメカニズムと対応を検討している。「差別否定」は、「直接的差別」が行われた後で、それを否定したり、正当化したりするもので、「直接的差別」を引き起こす「差別扇動」とあわせて、「直接的差別」を支えるものである。

 差別否定には、「事実の否定」と「責任の否定」、「自己弁護」と「犠牲者非難」という区別がある。そして、「事実の否定」の下位分類として「(協議の)否定」と「過小評価」、「責任の否定」の下位分類として「正当化」と「弁解」があり、これらは「自己弁護」として位置づけることができる。また、「犠牲者非難」には、「責任の否定」としての「非難」と、「事実の否定」として「転化」がある。

 著者はこれらの図式を用いて、「現在進行形」の事例と「歴史」にかかわる事例を検討している。そして、「差別否定」のパターンはほぼ同じであり、また「正当化」は「非難」を伴うことが多いこと、「非難」が最も多いことを指摘する。つまり、「歴史否定」と「レイシズムの否定」は異なる文脈で議論されることが多いが、これらは別のものではないということである。

では、このような「差別否定」に対して、どのような対応ができるのか。著者は、「「差別否定」をあらためて「ヘイトスピーチ」の議論に位置づけなおす必要がある」(265)として次のように述べる。

差別否定は確かに個別の事例について見た場合には直接的差別の「事後」に生じるが、それが広く知られる形で行われた場合、「仮に差別を行っても言い逃れをする余地は十分にある」というメッセージを社会に与える効果をもつ。こうした言説は、「○○人を叩き出せ」のような「わかりやすい」扇動ではないが、差別のハードルを下げることで、結果として差別扇動と同じ効果を持つことになる。(265-6)

 「わかりやすい」扇動とは異なる「差別否定」の言説に対して、「「差別否定」の言説が差別扇動としてかなり大きな役割を果たしている」(266)という著者の指摘は鋭い。日々生じている「差別否定」のメカニズムを学ぶこと、これもまた「差別に抗する」実践の一つと言えよう。

 

公務員の昇任試験対策のおススメ本(論文問題)

僕たちの自治体では、昇任試験のなかに、筆記試験での小論文の他、自宅論文というものがあった。自身で論文を作成することになっているのだが、ほとんどの職員が、提出するまでの間に、課長などの上司に添削してもらっていた。そのため、受験する職員の「能力を試す」という点において機能していたかは不明であるが、その添削プロセスを通じて、論文を作成する技術を学ぶことができていた。

しかし、自宅論文がなくなったため、論文作成の知識や技術を知らないまま、本番の論文試験に挑むこととなる職員も少なくないようだ。そこで、論文対策本のおススメ本3冊を紹介する。

まず、地方公務員論文研究会編著『昇任試験 合格論文の絶対ルール』。一冊を選ぶならこの本。論文のルールや構成についてわかりやすく説明されており、何よりも論文例が豊富である。「政策的課題」と「職場・組織管理上の課題」について、多様なテーマが取り上げられているので、これらの論文例に目を通すことから学習を始めるのがよいだろう。

二冊目は、地方公務員昇任試験問題研究会『昇任試験 受かる人と落ちる人の論文答案例』である。本書は、「ダメ論文」と「合格論文」について、具体例を取り上げつつ、詳しく説明している。例えば、僕が論文を添削した経験上、「主語と述語が合っていない」(44)文章は非常に多かった*1。これらの「ダメ論文」に触れることで、自分のダメな癖を理解することも重要である。

最後は、地方公務員昇任試験問題研究会『昇任試験 採点者はココを見る!合格論文の鉄則』である。本書では、論文の評価基準が詳しく解説されている。評価基準を知ることは、論文作成時にも役立つのはもちろん、自分が作成した論文を見直す時に「距離を置いて」見る(=評価する)ことができるようになる。このプロセスを通じて、「合格論文」という目標に達することができるようになるし、今後、後輩へ的確に論文指導できるようになるだろう。

論文作成の技術は日々の積み重ねによって習得できるものだから、ここで取り上げた本をぜひ今からでも手に取ってほしい。

 

*1:そして、管理職の添削においても、この点を見落としていることが多かった

堀田義太郎「差別とは何か」(清原悠編『レイシズムを考える』)

 「差別ではない、(合理的な)区別である」という言葉を聞くことが少なくない。このような言葉に対して、「その発言自体が差別的である」という批判の声もある。こうした自覚なき差別発言に抗していくためには、これらの発言を批判する側も「差別とは何か」ということについて、理解を深めていく必要がある。そこで参考となるのが、堀田義太郎「差別とは何か」である。
 まず、差別は区別の一種として、「差別とは、本人が選択できない、または選択が困難な特徴に基づいて人々を区別し、その人々の一部に対して不利益を与える行為である」(108)と定義されている。しかし、このような定義では、縁故採用による処遇などが典型的な人種差別や性差別と同じ差別と解釈されることになる。つまり、この定義は「広すぎる」のだ。
 一方で、「本人が選択できない、または選択が困難な特徴に基づいて人々を区別」し、「その人々の一部に対して不利益を与える」という二つの基準では説明できない事例もある。差別の対象者が不利益を経験しないケースや、宗教的マイノリティに対する差別がその例である。つまり、先の定義は「狭すぎる」ということにもなる。
 そこで、「差別が歴史性を伴う日常的な相互行為と関係性を前提」(116)にしていることを踏まえて、「差別とは、社会的にさまざまな文脈で不利益または劣等処遇の理由にされている、または歴史的にその理由にされてきた特徴や属性に基づいて、対象となる人々を他の人々と区別し、その人々を不利に扱う行為である」(117)といように、最初の定義を改変している。また、差別の対象者が不利益を経験しない「当人が認識できない差別発言」(117)のような事例があることから、「見下し」や「劣位化」という点を加えて、このように差別を再定義している。

差別とは、社会的にさまざまな文脈で不利益または劣等処遇の理由にされている、または歴史的にその理由にされてきた特徴や属性に基づいて、対象となる人々を他の人々と区別し、その人々を不利に扱う行為、または見下し劣位化する行為である。(118)

堀田氏が述べているように、ある行為が不当な差別か否かは、「歴史的・社会的また文化的な文脈を背景として、類似した諸行為の「セット」ないし「シリーズ」に分類されるか否かによって決まる」(118)のだ。
 そして、以上のような「差別とは何か」という議論を踏まえて、ヘイトスピーチに対して次のように言及して論文を締め括っている。

差別扇動としてのヘイトスピーチとは、当のマイノリティに対して、過去になされてきた、また現在行われつつある、そして将来行われる可能性のある、その人の特徴に基づく不利益扱いや劣位化処遇を総体として肯定し推奨し、正当化する行為である。そして、ある表現や言論が「差別の扇動」になるかどうかは、発話者や表現当人の意図や動機とは独立して(また原理的には標的とされる人の具体的な不利益や害の大きさからも独立して)、社会的な文脈を前提として、その内容と公示の仕方によって判断される。(122-3)

 冒頭で取り上げた「差別ではない、(合理的な)区別である」という時、その「区別」は歴史的、社会的、そして文化的な文脈を踏まえると「差別」ではないか、「合理的な区別」とすることで「差別」を正当化しているのではないか、「差別」を無くしていくために、私たちは問い続けなければならない。差別に抗していくための重要な一歩となる論文である。