yamachanのメモ

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東浩紀『哲学の誤配』

 日本を代表する思想家であり批評家、東浩紀氏の過去・現在・未来を知るうえで最適の一冊である。東氏の思想に通底しているのは、タイトルにもある「誤配」。「誤配とは自由のことである。そして、ぼくがこの本のなかで繰り返し主張しているのは、政治や公共性の感覚もまた、ほんらいはそのような誤配=自由のうえでしか育たないということである」(9-10)。このことは繰り返し東氏が主張してきたことであり、本書ではインタビューと講演、そしてパク・カブン氏の解説により、東氏の思想がわかりやすく説明されている。
 第1の対話は2012年、第2の対話は2018年、そして講演は2019年のものであり、過去と現在を知ることができるというのは、それぞれの対話と講演時期を見ただけでもわかる。では、なぜ本書のなかに東氏の未来があるのか。それは2019年の講演のなかで語られており、本書をより魅力的なものにさせているのが、この未来に関する記述であろう。それは『動物化するポストモダン』で提示された図*1をもとに改変された図(163)について説明されている箇所である(165)。詳しくは本書を読んでいただきたいが、ここには東氏の変化が描かれている。
 そう、東氏は変化しているのである。その変化について分かりやすく説明されているのも、本書の魅力の一つ。例えば、「誤配」という概念は、その根底にある思想は一貫しているが、『存在論的、郵便的』において誤配は「ネットワークの効果」として扱われ、「人間はそれを受け取る側に位置づけられて」いたが、『弱いつながり』では「人間の行為としての誤配=観光という側面」(=「能動的誤配」)として扱われている(87-8)。東氏は現実の変化に応じて概念や図式を更新していく、この姿勢も東氏の思想の特徴の一つである。
 また、パク・カブン氏の解説も、東氏の思想を知る上で参考になる。パク・カブン氏は東氏の政治・公共性に対する考え方を「脱政治的な実践戦略」と名付けて、次のように説明している。

彼(=東浩紀)が取り組んでいる問題は、どの政治的な立場を取るかではなく、日常的な政治的意志表明の空間(=回路)自体をいかにして構築するかという問題だ。「党派的に占有される前の空間、言語、環境、記憶などを公共の領域として復元する」という彼特有の考え方を、ここでは暫定的に「脱政治的な実践戦略」と名付けることができる(188)。

 かつて大塚英志が理解を示さなかった東氏の考える公共性・政治性について*2、パク・カブン氏が「脱政治的な実践戦略」として位置付けて日本人読者に提示していることも、本書において注目すべきところである。
 ところで、僕が本書を読みたいと思ったのは、東氏の新刊であるということはもちろんだが、何よりも「批評から政治思想へ」という第1の対話のタイトルに関心を持ったからである。僕は誤読し続けているかもしれないが、東氏の「仕事の横にはつねに政治思想」(22)があると思っており、そこから大きな影響を受けた。例えば、『存在論的、郵便的』のなかでバーバラ・ジョンソンについて「脱構築と政治的実践の接合が陥りがちな陥穽を範例的に示している」と指摘した箇所*3、また「ソルジェニーツィン試論-確率の手触り」における「ソルジェニーツィンの政治的発言がヒステリックでイデオロギー的なものになってしまうという事実は、全体主義に限らず、ある政治システムを批判するときに不可避的に取らざるをえない態度の性格を示している」(143)という指摘*4、さらに「ジジェクはなぜかくも軽快なのか」での「ジジェク自身がきわめて政治的な人間であるということと、彼の思考自体の政治的強度とを峻別せねばならない」という批判*5等々…。そして、『動物化するポストモダン』においても、オタク系文化と政治の問題について次のように語っていた。

オタク系文化についての検討は、この国では決して単なるサブカルチャーの記述には止まらない。そこにはじつは、日本の戦後処理の、アメリカからの文化的侵略の、近代化とポストモダン化が与えた歪みの問題がすべて入っている。したがってそれはまた政治やイデオロギーの問題とも深く関係している。(37-8)

僕は東氏のこれらの政治観(と言えるようなもの)から、「非政治的な政治的言説」*6や、「非公共性を通過しないと生まれない公共性」*7といった「政治的なもの」や「公共性」を学んできた。それは本書での「正しい宛先にむけて正しく言葉を伝えることは、政治的でも公共的でもないのだ」(10)というメッセージににも繋がるものである。
 なお、本書で語られる東氏の思想の実践編が、同時刊行された『新対話篇』であり、あわせて読むことで東氏の思想や現代社会への理解がより一層深まり、より一層心地よい読書体験を味わうことができるだろう。

哲学の誤配 (ゲンロン叢書)

哲学の誤配 (ゲンロン叢書)

  • 作者:東 浩紀
  • 発売日: 2020/05/01
  • メディア: 単行本
 
新対話篇 (ゲンロン叢書)

新対話篇 (ゲンロン叢書)

  • 作者:東 浩紀
  • 発売日: 2020/05/01
  • メディア: 単行本
 

 

*1:東浩紀動物化するポストモダン』51

*2:大塚英志東浩紀『リアルのゆくえ』

*3:東浩紀存在論的、郵便的』104

*4:東浩紀『郵便的不安たち#』

*5:東浩紀『郵便的不安たち』332

*6:東浩紀存在論的、郵便的』140

*7:東浩紀『テーマパーク化する地球』176