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斎藤幸平『人新世の「資本論」』

 実に痛快かつ明快な一冊だ。著者は、本書の冒頭で読者にこう問いかけている。

温暖化対策として、あなたは、なにかしているだろうか。レジ袋削減のために、エコバッグを買った?ペットボトル入り飲料を買わないようにマイボトルを持ち歩いている?車をハイブリッドカーにした?
はっきり言おう。その善意だけなら無意味に終わる。それどころか、その善意は有害でさえある。(3)

その他にも、「SDGsはまさに現代版「大衆のアヘン」である」(4)、ロックストロームに拠りつつ、気候ケインズ主義を「現実逃避」(91)、IPCCの報告書を「学者たちの「知的お遊び」」(94)とも批判している。このように、気候変動に対する現在の取り組みについて忌憚なく批判していく姿勢は痛快である。
 しかし、著者は批判だけに止まることはなく、来るべき社会構想と、その実現に向けたプロセスを明快に説明していく。また、「人新世」や「資本主義」、「本源的蓄積」といった概念についても、ごまかすことなくわかりやすく説明しているため、一般読者にとっても読みやすいものになっている。例えば、資本主義については次のように説明している。

資本主義とは、価値増殖と資本蓄積のために、さらなる市場を絶えず開拓していくシステムである。そして、その過程では、環境への負荷を外部へ転化しながら、自然と人間からの収奪を行ってきた。この過程は、マルクスが言うように、「際限のない」運動である。利潤を増やすための経済成長をけっして止めることがないのが、資本主義の本質なのだ。(117)

そして、このような「資本主義こそが、気候変動をはじめとする環境危機の原因にほかならない」(117)ため、資本主義システムを維持しつつ問題を解決するのではなく、システム転換が必要になるのだ。
 そこで著者が描く未来の選択肢が、「強い国家に依存しないで、民主主義的な相互扶助の実践を、人々が自発的に展開し、気候危機に取り組む」ような「公正で、持続可能な未来社会」(115)、「脱成長コミュニズム」(197)であり、これは「マルクスが最晩年に目指したコミュニズム」(195)でもある。そして、コミュニズムとは<コモン>*1を再建する試みであり、著者はこれを「<市民>営化」(259)と名付け、電力ネットワークや「ワーカーズ・コープ(労働者協同組合)」を一例として挙げている。
 そして、<コモン>の議論は民主主義の問題に通じており、次のように指摘する。

限界はあくまでも私たちがどのような社会を望むのかによって、設定される「社会慣行的」なものである。限界の設定は、経済的、社会的、そして倫理的な決断を伴う政治的過程の産物なのだ。(274)

人々がどのような世界に住みたいかという価値判断は、本当は、将来世代の声も可能な限り反映しながら、民主的に熟議や論争を通じて、決定されなくてはならない。(275)

ここで脱成長コミュニズムという未来を選び取るためにモデルとする人間像が「自己抑制」であり、「自己抑制を自発的に選択すれば、それは資本主義に抗う「革命的」な行為になる」(276)とのことだ。
 これらを踏まえた上で、「脱成長コミュニズムへの跳躍に向けて、私たちがなすべきこと」(300)として、①使用価値経済への転換、②労働時間の短縮、③画一的な分業の廃止、④生産過程の民主化、⑤エッセンシャル・ワークの重視」という5つの柱を掲げている。そして、その萌芽は「フィアレス・シティ」(328)のようなかたちで現れている。
 本書を読み進めていくなかで疑問に思っていたのが「国家」の在り方の問題であるが、著者はそこからも目をそらさず、「気候変動の対処には、国家の力を使うことが欠かせない」(355)として、「国家の力を前提にしながらも、<コモン>の領域を広げていくことによって、民主主義を議会の外へ広げ、生産の次元へと拡張していく必要がある」(356)と指摘している。
 では、国家の力や自治体の力の「大きさ」、<コモン>の領域の広がり方、これらには普遍的な「正しさ」「正解」はあるのか、それらも熟議や論争を通じて決定されるようなものなのか、そして<コモン>の領域が広がった結果としてでも必要となるものは「国家」と呼べるものなのか、一読したところこれらの問いは残ったが、本書の中に答えは示されているのかもしれない。論理は明快だが、一読しただけでは捉えきれないような壮大な構想が描かれているため、私が掴み損ねている点もあるだろう。
 また、本書は最新のマルクス研究に基づく実践書でもあり、理論の実践的応用を学ぶ上でも非常に参考になる。現代社会に対して危機意識を持っている誰もが触発される、価値ある一冊だ。

人新世の「資本論」 (集英社新書)

人新世の「資本論」 (集英社新書)

  • 作者:斎藤 幸平
  • 発売日: 2020/09/17
  • メディア: 新書
 

 

*1:<コモン>は、水や電力、住居、医療、教育といったものを公共財として、自分たちで民主主義的に管理することを目指す(141)