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藤井達夫『代表制民主主義はなぜ失敗したのか』

 本書は「私物化」をキーワードに、民主主義の理念を明らかにし、代表制民主主義が機能不全に陥っていることを論じている。著者によると、現代の私物化は「社会の私物化」と「政治の私物化」という二つの領域で進行している。より具体的には「新自由主義による社会の私物化」と「代表者による政治の私物化」(27)である。
 では、社会が私物化されて共有のものが破壊されたらどうなるのか。「社会的自由の喪失と人びとの繋がりの分断」(41)を招き、その結果として、現代の民主主義が行き詰まっているのである。著者は次のように指摘する。

いま、民主主義諸国に暮らす人びとは、この特権化された自由の分配をめぐって敵対し、分断されることになった。この分断は日本においても顕在化している。(43)

 さらに、新自由主義は社会の私物化だけではなく、政治の私物化も後押しする。新自由主義政策を推進していく中で、政治家の多くはリーダーシップによる「決められる政治」をアピールするようになり、「政治の決断主義化が加速」(63)した。この「政治の決断主義化」が、「政治権力の行使を制約してきたさまざまな制度や規範を乗り越えることを代表者たちに促し」(63)、社会の私物化とともに、政治の私物化が推し進められたのである。
 ここで著者は民主主義と代表制度の歴史を振り返る。そうすることで、「民主主義の理念は自由を守るべく、共有のものの私物化とそこから生まれる支配・隷属に抗うよう命じていることだ」(102)ということを明らかにする。つまり、共有のものの私物化の防止と自由の実現が民主主義の理念なのである。
 代表制度もまた権力の私物化を防ぐものであったことが示される。つまり、民主主義の理念が「選挙された代表者たちによる政治によって実現される」(110)ようになったのである。そして、「選挙こそ、代表制度と民主主義を繋ぐ制度上の結節点であり、この意味で、選挙は代表制民主主義を理解する上で鍵となる手続き」(127)であるとして著者は次のように指摘する。

国民の意思の表明という実質的な強い正統性と国民による審判という手続き的な弱い正統性という双方の理解には、明らかな共通点がある。それは、選挙が、権力の私物化による専制政治を防ぐ手段と見なされている点だ。このことが何よりも重要だ。すなわち、民主主義的な正統性を政治に供給することができる唯一の手続が、誰もが参加でき、しかも敵的に行われる選挙だとして想定されてきたこと。それゆえ、選挙は代表制度によって民主主義の理念を実現する上で中心となる手続きだと想定されてきたということだ。(131)

 しかし、ポスト大衆政党の時代には、選挙の二つの正統性が機能を果たせなくなり、代表制度は民主主義の制度として機能しなくなった。人びとが個人化・脱集団化され、分断されて敵対するようになった結果、「政治権力は共有者のではなく、敵を打ち倒すためにあらゆる手段を用いて、私物化すべきものになり下がる」こととなり、「政治権力の私物化に対する歯止めがきかなくなった」(169)のである。
 このように代表制度が機能不全に陥り、民主主義がポピュリズム化することを、著者は「民主主義の病的な状態」(174)と語る。なぜなら、ポピュリズムが民主主義そのものを破壊し、権力が私物化されることによって専制政治が出来する危険性があるからだ。代表する者と代表される者とのズレが生じた時に代表制度は機能しなくなり、ポピュリズムが猛威を振るい、専制化を招くということである。
 代表制度が機能不全のままであるなら、民主主義の将来はどうなるのか。著者は二つの道を指し示す。一つは、「ポピュリストによる穏やかな専制政治」(185)もしくは「中国化」(186)による民主主義の終焉を迎えるという道である。もう一つの道が民主主義の再生であり、この道にも二つのシナリオがある。一つが、ポピュリズムの進展による代表制度の改革、政党の自己変容であり、もう一つがそのような自己変容に直接依拠することのない、代表制度の改革である。
 著者が採用するのは後者の改革である。まず、権力の私物化を防ぐために、「重要な決定に市民が直接参加することによって、市民の政治的決定権力を強化」し、「市民が直接、代表者を監視し、説明責任を果たさせる」という取組みが必要となる(200)。さらに、民主主義の根源的な価値である自由を確保するため、「異なる人びとの間に、協働の機会や枠組みを提供すること」(202)にって、共有のものを復活させる働きかけを行わなければならない。具体策として、熟議世論調査、市民集会、参加型予算を提示している。
 以上のように、本書は「私物化」という視座から現在の民主主義を批判的に捉え、歴史を遡ることで民主主義の理念を明らかにするとともに、その理念を実現するために具体策を提示するという壮大なものである。代表制民主主義が行き詰まりを見せている今、民主主義の終焉に身を委ねるのではなく、また、政党の自己変容に任せるのでもなく、自分たちの手で社会と政治を「取り戻す」ために必読の一冊である。