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伊藤恭彦『タックス・ジャスティス-税の政治哲学』

 本書は「税は人間の尊厳を維持するシステム構築のためにある」(6)ことを繰り返し主張している。一方で、税に対する私たちの感覚は、「私の個別労働の成果を奪うもの」、または「政府が私に提供しているサービスへの直接の対価である」(28)というものではないか。しかし、伊藤氏はこれらの主張に対して「税の正しい理解(税の正しい規範的な理解)の出発点としては根本的に誤っている」(28)と断言する。
 税について考えることは、共同目的のために存在する政府のなすべきことを考えることであり、税は政府の活動を物質的に支える。また、市場社会における政府の役割は、人間の尊厳を守ることである。だから、「政府を媒介にした関係に全員が参加することで、それぞれの人の尊厳ある生活が保障される」(65-6)ことになるのである。つまり、「お互いの尊厳を守るという、私たちが相互に背負っている義務を政府を介した活動に転換したために発生した費用が租税という形で徴収される」(66)ということだ。
 このような観点から、著者は本書のタイトルにもなっている「タックス・ジャスティス」という概念を提示する。タックス・ジャスティスとは「市場社会において市場メカニズムによっては提供できない公共目的を定め、その目的を実現するために政府が行う財源確保と財政支出の両方を導く規範」(38)であり、①尊厳損傷構造の規制、②エンパワーメント、③バッド増税・グッド減税、④市場社会の絆という4つの規範から構成されている。
 しかし、租税回避や政府不信により、これらの規範に反することが生じ、人間の尊厳に損傷を与えることになる。そこで、「すべての人のリスクとニーズに対応した普遍的給付」(131)としてのベーシック・インカムが提案される。ベーシック・インカムは政府への信頼醸成に資するものであり、人間の尊厳に資するものである、と。
 また、人間の尊厳を維持する活動は個々人の生活現場に根ざした方がよいとしてローカル・ガバナンス、具体的には「ローカルなレベルで人間の尊厳を維持するための連携・協同活動へ寄附金が流れ込む仕組み」(143)の必要性が説かれている。さらに、グローバルなレベルにおいて人間としての尊厳損傷を回避するためにグローバル・タックスが唱えられている。グローバル・タックスにより、グローバルなレベルで人間の尊厳が維持されるとともに、人々の税への関心も高まるとされる。
 著者は、「リベラル社会」についても次のように述べている。

私たちはだれもが一回限りの人生を生きぬく。人生を生きぬくことは自己責任かもしれない。しかし、どの人生もリスクに対して弱く、壊れやすい局面をもっている。この面で私たちは他者に依存しなくてはならない。税はその依存関係(制度を媒介にした依存関係)でもある。依存関係を構築する根幹には、相互の尊厳を守る義務がある。その義務を制度(政府)を介した義務に転換するところにリベラルな社会の意義がある。制度を媒介にする義務に転換することで、尊厳維持の継続的な活動が可能になる。この活動を支えるのが税であった。税に対する怒りや不信から税を考えるのではなく、市場社会における人間の生の現実から、税を考えようというのが本書の立場だ。この視点から税を再考し、人間本位の税制改革を進める必要がある。(186)

防衛や社会保障分野で税に対する関心が高まっている今だからこそ、本書が唱えるタックス・ジャスティスという視座から、「税の公共的な役割と政府の意義について真正面から考え」(202)、「弱い人間の社会的連帯の仕組みとして、税を再考すべき」(203)であろう。