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羅芝賢『番号を創る権力-日本における番号制度の成立と展開』

 マイナンバー制度と言えば、プライバシーの問題やその利便性を中心に議論される傾向にあるが、本書は制度の歴史的発展に注目する。そうすることで、マイナンバー制度がなぜ現在抱えているような問題に直面しているのかが明らかになり、その解決策を考えるための思考枠組みを提供してくれる。また、マイナンバー制度を通じて国家権力の在り方を問う内容にもなっており、権力そのものに関心がある人にとっても興味深い一冊になっている。
 本書は大きく分けて、日本の事例を検討するパート(第1章~第3章)と、他国との比較研究を行うパート(第4章および第5章)という二つのパートから構成されている。僕は職業上、前者に関心を持って読み始めたが、後者の議論も大変興味深い内容であった。というのも、他国との比較研究を行う上で、僕が常に関心を持っている中央地方関係、具体的には集権・分権、分離・融合という二つの軸に基づいた比較がなされているからだ。僕は自治を考える上でこの視座は重要だと考えているが、本書のように個別の制度について詳細に分析しているものをほとんど読んだことが無い。このような観点から、中央地方関係の特徴について学ぶ上でも参考になる。
 一般的に、制度の歴史を記述する著作は、歴史好きでない限り退屈になるものが多いが本書はそのようなものではなく、大変面白くてあっという間に読み終えた。その面白さは、本書には複数の逆説、意図せざる結果が描かれているからだと思う。<常識的には、技術の発展が番号制度の発展を促すと思うが、必ずしも発展をもたらすわけではない>、<常識的には、福祉国家の歴史が長いところほど統一的な国民番号制度を導入できそうと思うが、実際に導入しているのは後発的に福祉国家建設に乗り出した国々である>、<理論上は集権化を促す戸籍事務のコンピューター化が、戸籍制度の分権的な性格をより強固なものとした>、<住基ネットを導入するための大義名分として強調されていた地方分権が、その実施段階においては事業を妨げる論理に転じていた>等々、そして結論では次のように指摘している。

社会保障番号制度はいかなる経緯を経て登場したのであろうか。興味深いことに、共通番号制度の導入を通じた社会保障と税の一体的な改革を初めて試みたのは、新自由主義的な改革を旗印とする小泉純一郎内閣であった。…すなわち、マイナンバー制度の導入につながる社会保障番号制度の構想は、福祉国家の縮小を目指す政権によって生み出されたものなのである。
以上のように、マイナンバー制度の成立は、日本の福祉国家の質を向上させるために政治エリートたちが悩み抜いた結果であるとは言えない。むしろ、その動機は、福祉国家の縮小、あるいは現状維持であった(195)。

「多くの政策は意図した通りの結果だけを生み出すわけではない」(125)、本書は制度の歴史的発展を詳細に調べつつも、その詳細な事実に埋もれることなく、先に挙げたような逆説の「物語」を描いており、その結果として優れた研究書になっている。政治家や行政職員はこの「意図せざる結果」の物語から、政治・行政の論理と倫理を学ぶべきである。もちろん、政治や行政職員だけではなく、市民・住民にも開かれたものであり、本書を通じて「国家の両義性」(191)を学ぶことができ、それは現在の日本社会を考える上で非常に重要な問題であり、そのような点からも今読むべき一冊であると言える。

番号を創る権力: 日本における番号制度の成立と展開

番号を創る権力: 日本における番号制度の成立と展開

  • 作者:羅 芝賢
  • 発売日: 2019/03/16
  • メディア: 単行本