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西岡晋『日本型福祉国家再編の言説政治と官僚制-家族政策の「少子化対策」化』

 本書は、日本型福祉国家における1990年代の家族政策の転換を、言説政治論の枠組みから分析している。日本型福祉国家とは「家族主義の理念と高齢者偏重型の政策体系をもつこと」(1)であり、それと相容れない家族政策は周縁化されてきた。その代表例が、本書で取り上げられている保育と児童手当のような家族政策である。しかし、1990年代には、これらの家族政策が拡充される「些細だが意味のある変化」(269)があり、本書は二つの問いからその理由とプロセスを論じている。問いの一つは、なぜどのようにして、児童手当政策と保育政策の制度改革といった家族政策の転換が成し遂げられたのか、もう一つは、なぜどのようにして少子化問題が政府のアジェンダとなったのかである。
 これらの問いに答えるために、著者は次のような言説政治論を採用している。

言説政治論とは、政策過程において言説の果たす役割に着目して、言説を通じた政策の解釈と正当化/正統化あるいは脱正当化/脱正統化、言説間の競合と協調、離反と収斂の過程を経た後の構造化、言説が実際の政策に反映される制度化の各次元を明らかにするための枠組みのことを指す(62)

そして、政策形成における主導的アクターとして厚生官僚制に特に着目し、「言説戦略や言説形成を可能にする組織体制」(110)についても分析している。これも本書の注目すべき点であろう。
 分析の結果、二つの問いに対して、著者は次のように答える。まず、児童手当政策は、従来の児童福祉という解釈フレームではなく、少子化対策としての必要性と妥当性を正当化/正統化する言説上のストーリーを紡ぎだして、制度の再生に成功した。また、保育政策も少子化対策として再解釈され、「保育政策共同体に共有された措置=生存権パラダイムの価値とも適合する形で言説を練り直して制度改革の正統化を図った」ことに加え、「関係者間の合意形成を優先する調整型言説戦略が奏功したことで」(357)、制度改革を成し遂げた。
 では、1990年代において、少子化が社会的に見て重要な問題で、政府が対策すべきアジェンダとなったのは、そもそもなぜどのようにしてか。まず、厚生省が調整型言説と伝達型言説を用いて、政策エリートから国民一般まで少子化問題の重要性を広く認識させることで、アジェンダ化への途を準備していたことがある。そして、「人口政策言説と女性政策言説とを架橋して少子化対策言説を構築・動員し、「少子化対策」の政策合理的な正当化と価値適合的な正統化を図ることに成功し」(267)、少子化問題が政府のアジェンダとなったのである。
 以上の結論を導き出している第Ⅱ部の事例研究編では、言説や制度について詳細に論じられており、研究書としてはもちろん、実務書としても参考になる。また、第Ⅰ部の理論編における福祉国家及び分析枠組みの先行研究も充実しており、学ぶところが多い。本書で議論された言説政治論の視座は、著者自身も指摘しているように、他の政策分野を分析する上でも有効な枠組みとなるであろう。さらに、実務家にとっても、本書で提示されている言説戦略は役立つ。福祉国家を再考・再興する上で、必読の一冊である。