yamachanのメモ

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齋藤純一・谷澤正嗣『公共哲学入門-自由と複数性のある社会のために』

 多くの人々に「開かれた」公共哲学の新しい教科書が出版された。カント、アーレントハーバーマスといった公共哲学の歴史、功利主義リベラリズムリバタリアニズム、ケイパビリティ・アプローチといった公共哲学の理論、不平等、社会保障、デモクラシー、フェミニズム、国際社会の諸問題に対する公共哲学のアプローチが論じられている。私の学生時代に本書を読めなかったことが口惜しい。
 本書は、公共哲学の特徴を次の3つの「閉じていない」から説明している(4-5)。

・公共哲学が考察しようとする対象(問題領域)が「閉じていない」。
・公共哲学の担い手が「閉じていない」。
・公共哲学という探求のプロセスが「閉じていない」。

そして、このような「閉じていない」公共哲学は、サブタイトルにもある「自由」と「複数性」のある社会を展望する。公共哲学の歴史を通じて、この問題意識が引き継がれていることが示される。
 功利主義リベラリズムリバタリアニズムを論じる各章では、それぞれの理論の概要と、理論同士の関係がわかりやすく説明されている。特に注目すべきは、ロールズ的なリベラリズムと新しいリベラリズムの共通点として、「自らの善の構想に沿って合理的に人生を計画し遂行しようとする人格という人間理解」(135)を挙げている点だ。このような人間理解に対して、「人間の生における本質的な脆弱性や依存という事実を見落として、あるいは過小評価していないだろうか」(135)と投げかける。この問題意識が、フェミニズムの公共哲学と関連することとなる。
 「フェミニズムこそ、公共的な争点に関する哲学的考察の意義を最も明らかに示すものだと言える」(241)、「公共哲学の主要概念に対して、新たな角度からの解釈や分析を可能にしてくれたのがフェミニズムなのである」(242)として、フェミニズムを公共哲学の観点から検討していることは、本書の特徴の一つである。ジェンダー、家父長制、ケアといった概念を取り上げ、「フェミニズムが複数性と自由のある社会を目指す探求の出発点の一つであることは疑いない」(262)とも述べる。
 フェミニズムに限らず、現代者社会が直面している社会保障やデモクラシーといった問題も、公共哲学の観点から論じられている。著者の一人である齋藤純一氏は長年、社会保障のあるべき姿について理論的かつ具体的な構想を示しており、本書は現時点における到達点といえよう。しかし、ここで問いと議論が「閉じる」のではなく、むしろ「開かれる」のだ。
 参考文献も充実しており、学生にとっては(そして教員にとっても?)本当にありがたい教科書である。そして、授業が終わってこの本を一旦「閉じる」ことはあっても、日々の生活で問題と直面した時や社会に違和感をもった時等に、再び「開いて」ほしい。本書は私たち市民にとって「開かれたもの(open)」として、また「共通のもの(common)」として「公共性」を持つ一冊である。