yamachanのメモ

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橋下徹『決断力-誰もが納得する結論の導き方』

 大阪府知事大阪市長として様々な決断を下し、組織を動かしてきた橋下徹氏が「意思決定の技法」(5)を論じている。本書で語られている内容は、実務においてリーダーシップを発揮する上で、また、危機管理へ対応する上でも役立つ。
 橋下氏は、正義の考え方として、「ある結果の内容自体に正当性があるかどうかを問う」「実体的正義」と、「結果に至る過程・プロセスに正当性があるなら、正しい結果と見なす」「手続的正義」(15)があるとして、後者の重要性を指摘している。そして、手続的正義に基づいて決断をするためのルール作りのポイントとして次の3つを挙げる。

一.立場、意見が異なる人に主張の機会を与える
二.期限を決める
三.判断権者はいずれの主張の当事者にも加わらない

意見が異なる者へ主張の機会を与えつつ、限られた時間のなかで、公平・公正な立場から決断へと至る、実務の世界で培ってきた橋下氏の真髄がここにある。
 また、橋下氏が決断や組織の誤謬性・訂正可能性について論じている点も重要である。

後に悪い結果が生じた場合、再び手続的正義の考え方に基づいて修正していけばいいのです。(70)

そろそろ政治家も公務員も、「絶対に間違えない政府」「絶対に間違えない行政」という考え方を捨て、少し方の荷を下ろしたほうがよいのではないかと思います。(82)

立場が上になるほど、間違いをすぐに認めたほうが、組織全体のモチベーションが上がり、組織が強くなります。(87)

 一方、橋下氏に対して「意見を変えない」「間違いを認めない」「謝らない」というイメージを持っている方も少なくない。しかし、そこには次のような背景がある。

手続的正義の考え方に基づいて再検討のプロセスを踏まえてもなお間違っていないと確信を持つことができたものについては、どれだけ批判されても、自信を持っている姿勢をしっかり保ち、一言も謝らずに主張を貫いたほうがよい。(88)

メディアで見られたような「譲らない」姿勢の背景には、この「手続的正義」という正義観がある、橋下氏を批判する上でも、まずはここを理解しておく必要があるだろう。
 そして、このような手続的正義から導き出される危機管理における7つのポイントは必読である。

一.事実確認ができるまでは、自分の責任を否定するような断言はしない。後で当初の発言を覆すような事実が出てくれば、取り返しがつかない。
二.都合の悪い情報ほどすべてを公開する。隠して後でバレるのは致命的。
三.情報をすべて公開した上で、主張すべきところは主張し、誤るべきところは徹底して謝る。
四.調査や議論をすべてオープンにする姿勢で信頼を得る。不正のあるなしにかかわらず、「隠している」という雰囲気を世間は最も嫌う。
五.実体的正義の考え方に基づいて違法・不正があったかどうかにこだわってはならない。手続的正義の考え方に基づいて、疑われる事情があったかどうかにこだわる。
六.疑われる事情があったのであれば、素直に謝罪・反省する。
七.謝罪・反省したのであれば、信頼回復のために事後の挽回に全力を尽くす。(124)

橋下氏は、手続的正義に基づく以上のプロセスを経て対応を行えば、「必ず多くの人に納得してもらえるはず」(125)とも語る。現在の政治・行政は、これらのことを実践することによって、信頼を取り戻すこともあるだろう。
 菅総理(当時)に対する、「「正解がある程度わかる」状況における戦術を、「正解がまったくわからない」状況にも適用してしまいました」(28)という指摘も鋭い。これはロナルド・A・ハイフェッツ/マーティ・リンスキーが「リーダーシップを発揮しようとして失敗する最大の理由は、適応を必要とする問題を技術的な問題のように扱ってしまうことにある」*1と指摘した内容と同じ趣旨である。
 橋下氏の政治手法や政治観に反対する人であっても、本書から学ぶべきことは多い。「自分たちは常に正しい側にいる」(23)という罠に陥らないためにも、必読の一冊である。

 

*1:ロナルド・A・ハイフェッツ/マーティ・リンスキー『最前線のリーダーシップ』31