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ピエール・ロザンヴァロン『良き統治-大統領制化する民主主義』

 「本書の主たる目的は、行使の民主主義の輪郭を確定すること」(15)であり、そのために①「統治者と被治者の関係を規律すべき原理を把握すること」と、②「「良き統治者」になるために要求される人格的な資質を確定すること」(16)を検討している。そして、①については、理解可能性、統治責任、応答性という三つの要素を、②については、高潔さと真実を語ることという二つの要素を提示している。ここで注目すべきことは、以上のことを説明するために歴史を遡りつつ、「良き統治」のために必要な制度や組織について提言していることである。著者は、「主体」をめぐる問題は「暗示的な仕方でしか触れることができなかった」(351)と自ら指摘しているが、制度や組織に焦点をあてることで、この社会において必要な「道標」を示すことができているように思う。どのように具体化・実装化していくかは、我々に与えられた課題である。
 著者の業績における本書の位置づけについて分かりやすく説明されていることも本書の魅力の一つである。現代民主主義は市民の活動、政治体制、社会の形態、統治という四つの次元において理解することができ、それぞれ『市民の聖別』(シティズンシップとしての民主主主義)、『見出されぬ人民』『未完の民主主義』『民主的正当性』(体制としての民主主義)、『対等な人々から成る社会』(社会形態としての民主主義)、『良き統治』(統治としての民主主義)の中で議論していることを紹介し、「本書(=『良き統治』)」によって、現代の民主主義に関する変化を扱った一連の作品を完結させたい」(24)としている。以上のような見通しのよさからも、ロザンヴァロンの著作を読むならまずはこの一冊をオススメしたい。
 また、本書には宇野重規氏による解説と、訳者の一人である古城毅氏による訳者あとがきが収録されており、これらも本書の読解に役立つ。宇野氏は、現代民主政治における政府権力の中心が立法権から執行権へ移っていったことに注目しつつ、「その過程を綿密に検討しているのが、本書の真骨頂である」(ⅲ)と評価し、ポピュリズム政治家を取り上げつつ、この「執行権の力が強大化する」(ⅱ)現代的問題を指摘している。ロザンヴァロンの問題意識を現代政治に投射する上で参考になる解説である。
 古城氏は、ロザンヴァロンの研究軌跡をより詳細に説明し、本書の概要を紹介した上で、本書の意義を語っている。特に興味深いのは、本書が『カウンター・デモクラシー』と主題が重なりつつも、本書は「統治を統制しつつも、統治への不信・不満ではなく、批判的な信頼を抱けるような成熟した市民像が模索されていることである」(372)と指摘されている点である。
 もちろん、不信や不満を表明することも統治に対する批判となり、その批判が結集化することにより統治の在り方を変化させることもある。そして、我々にとって身近であるのは、このような不信や不満を表明する市民像かもしれない。しかし、現在の民主主義の閉塞状況を打破するためには、遠回りに見えるかもしれないが、「成熟した市民像」を模索しつつ、そのために必要な制度設計や組織構築について議論し、具体化・実装化を検討していく必要があるのではないか。本書はロザンヴァロンの集大成であると同時に、我々にとっての「始まり」の一冊である。

良き統治――大統領制化する民主主義