yamachanのメモ

日々の雑感や文献のメモ等

松元雅和『公共の利益とは何か-公と私をつなぐ政治学』

 タイトルにもあるように、本書のキーワードは「公共の利益」であり、政治学の基礎的概念(「政治」「公共の利益」「自由主義」「民主主義」「権力分立」)と、具体的な政治制度や政治過程(「議会」「執政部」「官僚」「選挙」「政党」「団体」)を取り上げて、「公共の利益をどう実現するか」(7)を問うものである。
 序章で著者は「身近に見聞きする政治現象の表層の奥底に分け入ることが、政治の世界を学問的に見るということ」(2)と指摘している。本書では、各テーマについて歴史的・理論的な観点から論じつつ、イギリスの国民投票トランプ大統領の誕生、大阪都構想等の政治現象も取り上げることで、「政治を「見る目」」(6)を養えるようになっている。
 本書の興味深いところは、政治の世界における「本人-代理人関係」について、「1対多」という「複数本人問題」(18)に注目している点である。この複数本人問題から、「集合的意思決定における公共性の問題」と「集合的意思決定における権力の問題」(19)が生じ、公職者に対して全体の奉仕者という職業倫理を課すことになると著者は指摘する。ここで、全体の奉仕者とは「公共の利益の実現を目指して職務を遂行することを意味する」(21)。さらに、この公共の利益は、代理人である公職者だけではなく、本人である市民の利益とも深く関わっているのだ。
 では、本書のテーマである「公共の利益」とは何か。著者このように述べる。

公共の利益は、それが私だけではなく私たち皆のものであるという意味で、私的利益に留まるものではないと最低限見なすことができる。すなわち、ある利益が公共の利益であるということは、公共空間や公共施設と同様に、個人はその利益に関しても多かれ少なかれ他人と分有しているということだ。(27)

公共の利益は、①独立型(公共の利益を市民の私的利益に還元できない共同体と考える)、②共通型(公共の利益を市民の私的利益が一致する共通する利益と考える)、③総和型(公共の利益を私的利益を総計した最大の利益と考える)という3つの類型に区分される(27-9)。そして、これら3類型の「どの公共の利益を実現するか」(31)ということが問われるのである。
 本書では、この公共の利益という視座から、各テーマについて論じている。例えば、「自由主義」の章では、「公共財の公的供給は、それが私たちの皆の利益になるという意味で<共通型>の公益の利益に資する」(49)、「価値財の供給は、市民の私的利益はさておき、社会的価値を増進させるという意味で<独立型>の公共の利益に資する」(同)、「たとえ少数の富裕層から不満が出ても、多数の中間・貧困層の生活を向上させることができるなら、再分配政策は<総和型>の公共の利益に資する」(50)という議論が展開される。
 また、公共の利益という観点から、「執政権」を取り上げているのも本書の特徴の一つである。執政権とは「行政機関を指揮監督し、総合調整をはかること」であり(94)、「立法権のみによる政治問題の解決には限界があるから」、「立法権と行政権のあいだに執政権が必要」になる(95)。そして、著者は次のように指摘する。

ここから、公共の利益のための執政権独自の機能が明らかになる。すなわち、立法権を保管し、場合によってはそれに取って代わるような政治権力を発揮することである。とりわけこの機能は、緊急を要するような危機に対処する場合に大きな意味をもつ。(95)

著者も取り上げているように、この問題は国家緊急権や緊急事態条項とも関わることで、「近年取り沙汰される政治課題にも直結して」(106)おり、注目すべきテーマである。
 政治の混乱や公職者に対する不信、それらを「公職者が公共の利益のために働いていないから」と語るのはたやすい。しかし、「公職者が全体の奉仕者として公共の利益のために勤務しているかどうかを知るためには、そもそも市民の利益が何であり、どうすれば実現されるかを知る必要がある」(22)。本書は、この問いに答えていくための足がかりとなるであろう。

公共の利益とは何か (シリーズ政治の現在)

公共の利益とは何か (シリーズ政治の現在)

  • 作者:松元雅和
  • 発売日: 2021/04/22
  • メディア: 単行本