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白川晋太郎『ブランダム 推論主義の哲学-プラグマティズムの新展開』

 “ Making It Explicit ” や “ A Sprit of Trust ” など、読みたくてもなかなか手を出せないでいたロバート・ブランダムに関する待望の入門書が出版された。「ブランダムの哲学とは、「分析哲学」「プラグマティズム」「ドイツ観念論」を統合した言語哲学」(15)であり、著者が「「闇鍋」のような哲学」(同)と言うように、魅力を放ちつつもどこからどのように読めばよいのかわからなかったブランダム、その解読の手引となるであろう。最新の大作、“ A Sprit of Trust ”の議論も詳しく紹介されている点もありがたい。
 入門書と表現したが、「哲学研究者や他の分野の研究者にも満足できるような内容を目指し」、「欲張りにも、初学者から専門家までを対象」(16)とする内容となっている。私のような初学者は、具体例もたくさん導入してわかりやすく語る著者のスタイルのおかげで、難解な用語や考え方が出てきても読み進めることができる。また、専門家にとっては、本書の「注」が見所の一つになるであろう。また、用語集や読書案内も、初学者から専門家まで役立つものである。
 第Ⅰ部では、推論主義をより深く理解するために、その思想的背景を解説している。第Ⅱ部では、推論主義の二本柱「規範的語用論」と「推論的意味論」を取り上げ、推論主義のエッセンスを論じている。第Ⅲ部では、精神病理、フィクション、社会制度に関わる言説を取り上げ、推論主義の応用を試みる。第Ⅳ部では、「態度超越性」と「世界応答性」という二つの客観性の確立という観点から、推論主義の哲学的含意を検討している。このような構成のもとで語られるブランダム哲学を読んでいくうちに、読者はいつの間にか「理由の空間」の住人になっているような感覚になる。これもまたブランダム哲学の魅力なのかもしれない。
 また、著者による次のようなブランダム解釈も、ブランダム哲学を魅力的なものにしている要因の一つである。

推論的意味論は、…権力関係、空気、皮肉といった、私たちのどす黒くねちっこい、必ずしも上品とはいえない、俗っぽく面倒な言語のやりとりで理解されている意味をとらえるときにとっても有用である。推論主義の魅力の一つはこのあたりにありそうだ。
余談だが、ブランダムは本国アメリカでの評価と比べても、日本ではなぜか異様に注目されているようだが、個人的には人々がこのあたりを直感的に感じるからではないかと推測している、原理や原則が無く、行き当たりばったりで、その場その場の空気に応じて判断をコロコロ変えて、忖度に長け、権威主義的な傾向がある日本社会の言語実践や意味理解をうまく捉えることができることを嗅ぎつけているのではないだろうか。(143)

著者が取り上げる「俗っぽい言語活動」(144)は、ブランダム自身による例ではないが、大変興味深い解釈で、理論の応用という点からも参考になる。
 このような理論の応用について、「推論主義は私たちの規範的な言語実践を捉え、その意味を取り出すという目的には大変有用であるし、強力なツールに」なり、「政治学、法学、社会学、教育学などの研究者にとってはそれを用いることが有益だろう」(162)と著者は指摘する。この「いいとろのつまみ食い的な態度」(同)が、ブランダム哲学の可能性を広げ、他の学問領域にとってもよい刺激となるであろう。
 相互理解について、「相手を理解するためには、自分と相手のあいだにある違いからなる断絶を(推論を共有する形で)埋めるのではなく、むしろその断絶を行き来することが求められている」(179)と著者は語る。つまり、「自他の視点の区別を認めた上で、二つの視点のあいだを行き来する社会的な能力こそが他者の理解に不可欠」(同)である。この「理解についてのブランダムモデル」(同)は、さまざまな「断絶」に直面している我々に、「非常に有用な言葉と見方を生み出してくれ」(197)る。ブランダムという名を知らない方も、ぜひ手に取って読んでほしい一冊である。