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井奥陽子『バウムガルテンの美学-図像と認識の修辞学』

 美しい装丁が印象的な本書で扱われているのはバウムガルテン、名前こそ知っているが、「どこか顔が見えないところがある」(ⅳ)人物だ。そして、本書のテーマである「美学」についても、「バウムガルテンの空白のイメージが象徴しているように、学科としての美学は、それが産声をあげたときにどのような姿をしていたのか、実はいまだにその全貌が解明されていないのである」(ⅶ)と著者は指摘する。このような「見えない」人物とテーマに光を当て、その姿を浮かび上げるのが『バウムガルテンの美学』である。
 そのために注目するのが「修辞学」であり、バウムガルテンは「修辞学に依拠したからこそ、芸術や認識についても論じうる美学理論を構築できた」(5)として、次のように述べる。

バウムガルテンの美学とは学芸体系の改編を目指したものであり、その中枢には、記号(signum)の概念に支えられて、拡張ないし一般化された修辞学を確立する企図があった(11)

バウムガルテンによる<哲学的学科としての美学>とは、哲学部すなわち自由学芸を継承した諸々の学科を再編する「哲学百科事典」の構想と連動して-古代ギリシャの「円環的教養」から派生する自由学芸と百科事典が二重写しになった地点で-誕生・発展したものであった。さらにその広大な美学体系の理論的基盤を構築すべく『美学』でまず目指されたのが、修辞学の概念装置を利用しつつ改変した<一般修辞学>と呼びうる理論であった。(189)

私が最も興奮して読み、刺激を受けたのが、このバウムガルテンによる「体系」への欲望だ。実学志向のなか、「哲学体系を再構築する試み」(17)からバウムガルテンの美学が萌芽していく記述は、実学化と専門分化が進んだ現代を生きる私たちに訴えかけるものがある。
 このような観点から、本書をバウムガルテンの伝記的書物として読むのもよいだろう。著者はバウムガルテンの生涯を揺籃期、着想期、発展期、成熟期、膠着期に分類している。そして、資料1には年表があり、これらの区分とともに、バウムガルテンの生涯、関連人物や社会状況が記載されている。この年表は、バウムガルテンという人物を知るうえで、そしてバウムガルテンの美学を理解するうえで非常に参考になる。
 バウムガルテンの美学における例外の多さについて、著者は次のように分析する。

バウムガルテンは…美においては規則が衝突する可能性が極めて高いことに留意し、各々の規則の重要度に応じた関係を顧慮する必要があることを意識していた。バウムガルテンが目指していた美学とは、大きな完全性のために多くの例外が許容されうる<放縦さ=自由>をもつ美を、それでも体系化された規則で捉えようとする、複雑かつ柔軟な構造をもった理論だったのである。(110-1)

社会・世界における規則と自由の問題、それを捉える理論の問題を考えるにあたっても、バウムガルテンの美学は有益な示唆を与えるものであり、バウムガルテン『美学』は「現代においこそ読み直される書物である」(192)と言えよう。その『美学』の再評価を試みた本書は価値ある一冊であり、美学という領域に留まることなく、広く論議を呼ぶことであろう。

バウムガルテンの美学:図像と認識の修辞学

バウムガルテンの美学:図像と認識の修辞学

  • 作者:井奥 陽子
  • 発売日: 2020/02/20
  • メディア: 単行本